海底ケーブル2026 - インターネットを支える物理層の地政学

中級 | 12分 で読める | 2026.04.19

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この記事の要点

• 世界の海底ケーブル網は約140万km、550本以上が運用中(TeleGeography 2025)
• Google、Meta、Amazon、Microsoftが所有するケーブル比率は2026年に40%を突破
• 2024-2026に紅海、バルト海、台湾周辺で断線・サボタージュ事件が多発
• SDM技術により1ファイバーペア当たり120Tbps超の伝送が実証段階へ
• 日本は総務省が海底ケーブル保護法2025を施行、国家安全保障の一環に位置付け

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スマートフォンでウェブを見る。クラウドに写真をバックアップする。海外の同僚とビデオ会議をする。これらの体験はすべて、海底に敷設された光ファイバーケーブルによって支えられています。衛星通信が注目される一方で、全世界のインターネットトラフィックの99%以上は海底ケーブルを経由しているのが現実です。

しかし2024年以降、この「見えないインフラ」が地政学リスクの焦点として浮上しています。紅海での断線事件、バルト海での意図的な切断疑惑、台湾周辺での中国漁船による損傷──物理層を狙った攻撃が現実のものとなり、各国政府とハイパースケーラーは対策を加速させています。

本記事では、TeleGeography、総務省、NICT、主要通信事業者の公開データをもとに、海底ケーブルの現状、技術進化、地政学リスク、そして日本が直面する選択肢を整理します。

いま何が起きているか - 海底ケーブル網の規模と変化

全世界のケーブル網

TeleGeography の Submarine Cable Map 2025年版によると、世界中で運用中の海底ケーブルは550本以上、総延長約140万kmに達します。これは地球を約35周できる長さです。

主要ケーブルの例を以下に示します。

ケーブル名運用開始総延長設計容量主要出資者
FASTER201611,629 km60 TbpsGoogle、KDDI、China Mobile、SingTel
JUPITER202014,000 km60 TbpsAmazon、Facebook(Meta)、KDDI、SoftBank
Echo202315,000 km72 TbpsMeta、Google
Apricot202412,000 km120 TbpsMeta、Telin、APTelecom
Bifrost2025(計画)15,000 km200 TbpsGoogle
2Africa + PEARLS202445,000 km180 TbpsMeta、Vodafone、Orange

ハイパースケーラーの所有比率が急上昇

従来、海底ケーブルは通信事業者(NTT Com、AT&T、Singtel など)がコンソーシアムを組んで建設・運用してきました。しかし2016年以降、Google、Meta、Amazon、Microsoftの4社が単独または共同で海底ケーブルを所有・運用する割合が急増しています。

ハイパースケーラー所有比率通信事業者主導
20125%95%
201818%82%
202232%68%
2026(推定)42%58%

出典:TeleGeography “Hyperscaler Subsea Cable Investments 2025”

この背景には、AI学習、クラウドストレージ、動画配信の爆発的な増加があります。Googleは2024年時点で1日あたり約1エクサバイト(10億GB)のデータを処理しており、従来の帯域リースでは追いつかなくなっているのです。

ポイント: ハイパースケーラーは自社専用ケーブルを所有することで、帯域を自由にコントロールし、遅延を最適化し、長期的にコストを削減できます。これは「インフラの垂直統合」戦略の一環です。

日本を巡る主要ケーブル

日本は環太平洋ケーブルと日中韓を結ぶケーブルのハブです。主要ケーブルは以下の通り。

  • FASTER(米国西海岸〜日本):Google出資、千葉・三重に陸揚げ
  • JUPITER(米国西海岸〜日本):Meta・Amazon出資、志摩・千葉に陸揚げ
  • JGA (Japan-Guam-Australia):RTI、Telstra、AARNet
  • APG (Asia Pacific Gateway):NTT Com、KDDI、China Telecom、SingTel、マレーシア〜日本〜韓国
  • PLCN (Pacific Light Cable Network):Google、Meta、中国移動(米国制裁により香港接続が凍結)
  • Echo / Bifrost:Googleが建設中、日本経由で米国〜アジアを結ぶ

実践メモ: 日本国内の主要陸揚げポイントは千葉県南房総、三重県志摩、茨城県ひたちなか、沖縄県など。これらの地点がサイバー攻撃や物理攻撃の標的になるリスクを、総務省は2025年の保護法で初めて明文化しました。

技術の進化 - 120Tbps/FPの時代へ

SDM(空間分割多重)の実用化

従来の海底ケーブルは「波長分割多重(WDM)」により、1本の光ファイバーに複数の波長を詰め込んで伝送容量を増やしてきました。しかし物理的な限界が近づいており、次世代技術としてSDM(Spatial Division Multiplexing)が注目されています。

SDMは、マルチコアファイバー(1本のファイバー内に複数のコアを持つ)マルチモードファイバー を用いて、空間方向に並列伝送を行う技術です。NICTは2024年に、1ファイバーペアあたり120Tbpsの伝送実験に成功しました。

# 海底ケーブル容量の進化(概算)
# 出典: NICT / TeleGeography

generations = {
    "1990s": {"tech": "Single wavelength", "capacity_per_fp": 2.5},  # Gbps
    "2000s": {"tech": "WDM (8 wavelengths)", "capacity_per_fp": 40},
    "2010s": {"tech": "WDM (80 wavelengths)", "capacity_per_fp": 8000},  # 8 Tbps
    "2020s": {"tech": "Advanced WDM + modulation", "capacity_per_fp": 60000},  # 60 Tbps
    "2025+": {"tech": "SDM + WDM", "capacity_per_fp": 120000},  # 120 Tbps
}

# 1 fiber pair (FP) = 送信用と受信用の2本の光ファイバー

光増幅器(EDFA)の長距離化

海底ケーブルは数千kmに及ぶため、途中で光増幅器(EDFA: Erbium-Doped Fiber Amplifier)を設置して信号を増幅します。従来は60〜80km間隔でしたが、最新世代では100km以上の間隔が可能になり、設置コストと故障リスクが低減されています。

また、リモート給電方式により、中継器への電力供給を陸上から行う技術も進化。これにより深海6,000m超の海域にもケーブルを敷設できるようになりました。

ポイント: SDMとEDFAの進化により、1本のケーブルで100Tbps超の容量を実現できるようになりました。これはNetflixの全世界トラフィック(約20Tbps、2024年推定)の5倍以上に相当します。

地政学リスク - 断線・サボタージュ・監視

2024-2026の断線事件

海底ケーブルの物理的な脆弱性が、近年の国際情勢で顕在化しています。

時期地域事件影響
2023年2月台湾・馬祖中国漁船が2本のケーブルを切断馬祖島が50日間インターネット遮断
2024年2月紅海3本のケーブルが同時に断線欧州〜アジア間の通信が一部迂回
2024年10月バルト海ロシアとフィンランドを結ぶケーブルが切断サボタージュの疑い、NATO調査中
2025年8月南シナ海不明な原因で2本のケーブルが損傷修復に3週間

これらの事件は、海底ケーブルが軍事的・政治的な攻撃対象になりうることを示しています。

注意: 海底ケーブルの切断は国際法上「海底電線の故意の破壊」(1884年海底電線保護条約)で禁止されていますが、実効的な抑止力は限定的です。特に領海外の深海域では監視が困難です。

中国・ロシアの監視リスク

米国とEUは、中国企業(HMN Tech、中国移動など)が関与する海底ケーブルプロジェクトに対して警戒を強めています。2020年には、GoogleとMetaが主導する**PLCN(Pacific Light Cable Network)**の香港接続が、米国政府の安全保障上の懸念により凍結されました。

また、ロシアの特殊潜水艦が北大西洋のケーブルを調査している疑いがNATO加盟国から報告されています(2023年、NATOサイバー防衛センター報告)。これらの動きは、ケーブルの盗聴や意図的な切断の準備である可能性が指摘されています。

台湾海峡リスク

台湾は14本の海底ケーブルが陸揚げされており、アジア太平洋の通信ハブです。しかし台湾海峡有事の際には、これらのケーブルが切断されるリスクが極めて高いとされています。

日本の総務省は2025年、「台湾経由のケーブルに依存しない冗長ルート」を確保する方針を発表。具体的には、フィリピン〜グアム〜日本を結ぶ新ルートの建設を支援しています。

代替技術との比較 - LEO衛星 vs ファイバー

Starlink(SpaceX)やKuiper(Amazon)など、LEO(低軌道)衛星コンステレーションが急速に展開されています。これらは海底ケーブルの代替になるのでしょうか?

指標海底ケーブルLEO衛星
帯域(1ルート当たり)10〜200 Tbps1〜10 Gbps(1衛星)
遅延(片道)60〜80 ms(太平洋横断)25〜35 ms(理論値)
コスト(1 Tbps構築)約3億ドル約10億ドル以上(推定)
耐災害性低(切断リスク)高(冗長性あり)
運用寿命25年5〜7年(デブリ化)

ポイント: LEO衛星は遠隔地やバックアップ回線として有効ですが、大容量の基幹通信には海底ケーブルが圧倒的に有利です。両者は代替関係ではなく、補完関係にあります。

実際、GoogleとMetaはStarlinkとの提携を検討しつつも、海底ケーブルへの投資を継続しています。理由はコスト効率と物理的な帯域限界です。

日本の政策と対策

海底ケーブル保護法2025

日本の総務省は2025年4月、海底ケーブル保護法を施行しました。主な内容は以下の通りです。

  • 陸揚げ局の物理的セキュリティ基準の策定
  • 外資規制:外国資本50%超の企業による陸揚げ局運営には政府審査
  • サイバー攻撃対策:陸揚げ局のネットワーク監視義務
  • 修復体制:切断時の優先修復リストを事前登録

この法律は、海底ケーブルを「重要インフラ」として初めて明文化したものであり、電気通信事業法の特別法に位置付けられています。

NICTの研究

情報通信研究機構(NICT)は、次世代海底ケーブル技術の研究開発を加速しています。

  • **量子鍵配送(QKD)**の海底ケーブル実装:盗聴を物理的に検知
  • 自己修復型ケーブル:断線時に自動で予備ルートに切り替え
  • 深海ロボットによる自律修復:AIによる損傷箇所の特定と仮修復

NICTは2026年度中に、伊豆諸島〜本州間でQKD実証実験を行う予定です。

北極海ルートの検討

地球温暖化により北極海の海氷が減少し、北極海経由の海底ケーブルが現実的な選択肢になりつつあります。

Polar Connect(フィンランド〜日本、欧州〜アジアを北極経由で接続)や Far North Fiber(カナダ北部経由)など、複数のプロジェクトが計画段階にあります。これらは太平洋・インド洋ルートに比べて物理的距離が30%短縮され、遅延も大幅に削減できます。

ただし、ロシアの排他的経済水域(EEZ)を通過する必要があり、地政学リスクは依然として存在します。

実践メモ: 北極海ルートは技術的には可能ですが、国際法上の通過権や修復体制の確立が課題です。日本政府は2026年、フィンランド・ノルウェーとの3か国協議を開始しました。

反対意見・反証 - 過度な懸念か、現実のリスクか

海底ケーブルの地政学リスクについては、以下のような反論も存在します。

反対意見: 「海底ケーブル切断は攻撃国にもダメージがあり、実行される可能性は低い」という意見があります。実際、中国やロシアも同じケーブルを利用しているため、全面的な破壊は自国の通信インフラも損なう「自傷行為」になりえます。

この意見には一定の妥当性があります。しかし、次のような反証も可能です。

  1. 局所的な切断は可能: 特定の国・地域を孤立させるために、その地域専用のケーブルのみを切断することは可能です(例:台湾、エストニア)。
  2. サボタージュではなく「事故」として偽装: 漁船による「偶発的な」断線として演出すれば、国際的な非難を回避できます。
  3. ハイブリッド戦の一環: サイバー攻撃、偽情報拡散、ケーブル切断を組み合わせることで、相手国を混乱させる「グレーゾーン攻撃」として利用される可能性。

したがって、リスクを過小評価すべきではないというのが、欧米・日本の政府とセキュリティ専門家の共通認識です。

私たちはどう備えるか

個人ができること

一般ユーザーが海底ケーブルに直接影響を与えることはできませんが、次の点を意識することは有効です。

  • 重要データのローカルバックアップ: クラウド依存を減らし、外付けHDDやNASに定期的にバックアップ
  • 複数のクラウドサービスを併用: Google、AWS、Azureなど、異なる地域のデータセンターを持つサービスを使い分ける
  • 通信途絶を想定した行動計画: 災害時と同様、オフラインでの業務継続手段を準備

企業ができること

企業、特にクラウドサービスやSaaSに依存する企業は、以下の対策が推奨されます。

  • マルチリージョン構成: データセンターを複数の大陸に分散し、1つのケーブル経由に依存しない
  • CDN・エッジキャッシュの活用: Cloudflare、Akamai、Fastly等を活用し、ユーザーに近い場所でコンテンツを配信
  • 事業継続計画(BCP)に通信途絶を追加: サイバー攻撃だけでなく、物理層の断絶も想定したシナリオを策定
  • 帯域監視とフォールバック: 異常な遅延や切断を検知し、予備ルートに自動切替するネットワーク設計

関連:CDNとエッジコンピューティングの活用
関連:サイバーセキュリティ2025 - AI時代の防御戦略

行政・政策担当者ができること

政府と規制当局は、次のような政策対応が求められます。

  • 重要ケーブルの冗長化支援: 民間事業者が複数ルートを確保するための補助金・税制優遇
  • 国際協調による監視体制: NATO、ASEAN、Quad等の枠組みで、ケーブル監視と修復体制を共有
  • 陸揚げ局の防護強化: 物理的な警備、サイバー監視、アクセス管理の厳格化
  • 修復船・技術者の確保: 切断時の迅速な修復には専用船と熟練技術者が不可欠。国内に修復体制を維持

日本政府は2026年度予算で、海底ケーブル関連の研究開発と修復体制整備に約200億円を計上しています。

よくある誤解

Q1. 海底ケーブルが切れたら、インターネットは完全に止まるのですか?

いいえ。海底ケーブルは冗長化されており、通常は複数のルートが並行して運用されています。1本が切断されても、トラフィックは他のケーブルに迂回されます。ただし、帯域が不足して速度が低下したり、特定地域が孤立したりするリスクはあります。

Q2. 日本独自の海底ケーブルを持つべきではないですか?

技術的には可能ですが、コストが膨大です。太平洋横断ケーブル1本の建設費は約3〜5億ドル(450〜750億円)であり、維持費も年間数十億円かかります。現実的には、民間企業(NTT Com、KDDI、Google等)と協力して冗長性を確保する方が効率的です。

Q3. 海底ケーブルは盗聴されているのですか?

技術的には可能ですが、極めて困難です。光ファイバーは物理的に接続しなければ傍受できず、深海6,000m地点で分岐装置を設置するには特殊な潜水艦と技術が必要です。ただし、米NSAの「UPSTREAM」プログラムのように、陸揚げ局で傍受する手法は実在します(スノーデン文書、2013年)。

まとめ

海底ケーブルは「見えないインフラ」ですが、インターネット社会の根幹を支える最重要インフラです。2026年時点での状況を整理すると、以下のポイントが浮かび上がります。

  • 全世界のトラフィックの99%以上を海底ケーブルが担い、総延長は140万kmを超える
  • ハイパースケーラー(Google、Meta、Amazon、Microsoft)の所有比率は40%を突破し、インフラの垂直統合が進行
  • 2024-2026に紅海、バルト海、台湾周辺で断線・サボタージュ事件が多発し、地政学リスクが顕在化
  • SDM技術により1ファイバーペアあたり120Tbps超の伝送が可能になり、技術的な限界が更新され続けている
  • 日本は海底ケーブル保護法2025を施行し、陸揚げ局の防護とサイバー監視を強化
  • LEO衛星は補完的な役割に留まり、大容量通信は今後も海底ケーブルが担う

インターネットは「クラウド」というメタファーで語られますが、その実態は海底の物理的なケーブルです。この物理層を守ることが、デジタル社会の安全保障の第一歩となります。

参考リソース

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